大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1209号 判決

控訴人 山内隆一

控訴人 江口雅彦

控訴人江口雅彦訴訟代理人弁護士 吉田元

被控訴人 山田統治

主文

原判決中控訴人江口雅彦に関する部分を取り消す。

被控訴人の控訴人江口雅彦に対する請求を棄却する。

控訴人山内隆一の控訴を棄却する。

訴訟費用中控訴人江口雅彦と被控訴人との間に生じた費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とし、控訴人山内隆一と被控訴人との間に生じた控訴費用は、控訴人山内隆一の負担とする。

事実

控訴人江口雅彦の代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人山内隆一は、本件口頭弁論期日に出頭しなかったが、陳述したとみなされた控訴状には、右と同旨の判決を求める旨の記載があり、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張並びに証拠の提出、認否及び援用は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(原判決二枚目―記録六〇丁―裏一〇行目の「もとずいて」を「基づいて」に改め、三枚目―六一丁―表一行目の「を」を削る。)。

(控訴人江口雅彦)

控訴人江口雅彦の代理人は、仮に、被控訴人が控訴人山内隆一に対し、本件建物等を譲渡担保として供した後、その債務を弁済して右建物の所有権を回復したとしても、控訴人江口は、それ以前の昭和三八年二月、控訴人山内から本件建物を買い受け、同月六日にその二分の一の共有持分権の移転登記を了したから、被控訴人は、控訴人江口に対抗できないと述べた。

(証拠)〈省略〉

理由

一、本件建物はもと被控訴人の所有にかかるものであったが、抵当権者の申立てにより任意競売に付され、須藤芳蔵がこれを競落して昭和三五年三月二二日に競落許可決定を得、その後、代金を支払い、同年九月一四日に同人への所有権移転登記手続を経たことは、当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第一三、第一五号証、乙第一号証、原審における証人須藤芳蔵の証言、被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、任意競売の申立てをされた本件建物が他人の手に渡るのを防ぐため、もとの使用人である須藤芳蔵に対しこれを競落することを依頼し、同人が本件建物につき競買の申出をし、競落して代金を支払ったときは、その所有権は被控訴人に帰属させる旨の合意をし、須藤は、右約定に基づき競買の申出をして競落し、被控訴人が調達した資金をもって、その代金を支払ったことが認められるから、これによって被控訴人は競売手続にもかかわらず引続き本件建物につき所有権を有したというべきである。

三、控訴人らは、それぞれ登記名義人たる須藤から本件建物を買い受けたことによってその所有権を取得したと主張する。そして成立に争いのない甲第一〇、第一一号証によれば本件建物につき昭和三五年一二月一九日須藤から控訴人江口への所有権移転登記がなされていることが認められるけれども、当審における控訴人江口本人尋問の結果によれば、右の移転登記は控訴人山内が須藤から交付を受け所持していた同人名義の委任状等登記に必要な書類を使用してその手続をしたもので同控訴人が、須藤から本件建物を買い受けたことに基づいてなされたものではなく、同控訴人と須藤との間にその頃売買契約がなされたことはないことが認められる。次に原審における控訴人山内本人尋問の結集中には、同控訴人が昭和三五年九月頃須藤から買い受けた旨の供述があり、前認定のとおり須藤は控訴人山内に本件建物につき所有権移転登記に必要な委任状等の書類を交付しており、これを使用して須藤から控訴人江口への所有権移転登記手続がなされたこと(前掲甲第一〇、第一一号証によれば昭和三六年一月九日控訴人江口からさらに控訴人山内への所有権移転登記手続がなされていることが認められる)が認められるが、右控訴人山内の売買契約が成立した旨の供述は、前掲甲第一三、第一五号証、原審における証人須藤の証言、被控訴人本人尋問の結果(これらの証拠によれば右の契約は譲渡担保契約と認むべきことは後記のとおりである)に照らして採用できず、その他控訴人山内の右主張を認めるに足りる証拠はない。

もっとも成立に争いのない乙第三号証、原審証人須藤の証言によれば、須藤は、昭和三六年一月ごろ、控訴人山内を債務者として東京地方裁判所に対し、本件建物について処分禁止の仮処分命令の申請をし、右仮処分命令を得た後、控訴人山内から金員を受領して昭和三七年三月に右仮処分命令の申請を取り下げたことが認められる。しかし、他方、前掲甲第一五号証、原審証人須藤の証言によって真正に成立したと認められる乙第六号証、右証言、原審における被控訴人、原審及び当審における控訴人江口各本人尋問の結果によれば、右仮処分命令は、被控訴人が控訴人山内に後に認定のとおり譲渡担保として供した本件建物が他へ処分されるのをおそれ、須藤の名で申請したところ、須藤は、先に被控訴人に対して貸与していた八万円の金員の返済を受くべく、本件建物を占有するなどの画策をし、結局、控訴人山内から立退料、示談金等として五〇万円(実質上の出捐者は、控訴人江口)を受領して被控訴人の承諾を得ぬまま右仮処分命令の申請を取り下げたことが認められる。従って、前記事実が認められるからといって、須藤と控訴人山内との間に本件建物について売買契約が成立しあるいは控訴人山内の本件建物についての所有権が確定的に認められたと推認することはできない。

よって、控訴人らのこの点に関する抗弁は、理由がない。

四、次に、被控訴人が本件建物等の前記競落代金に充てるため、昭和三五年九月一二日、控訴人山内から九〇万円を利息手数料等と元金の合計を一三〇万円として同年一二月二五日に弁済する約で借り受け、その債務の担保として本件建物を譲渡担保として供したことは、被控訴人がその旨陳述することと、成立に争いのない乙第二号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果によって認めることができる。

(控訴人江口と、被控訴人との間では、争いがない。)

そこで、被控訴人の債務の弁済による譲渡担保権の消滅の主張について判断すると、前掲甲第一三号証、成立に争いのない甲第七号証、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、控訴人山内に対して弁済すべき金員を電話連絡すれば知人の大西勝から直ちに借り入れられる確実な見込みがたったので、同控訴人に対し、昭和三五年一二月二四日に大森の登記所で本件建物の所有権移転登記の抹消登記手続に必要な書類と引換えに弁済する旨連絡し、日比谷パレスで落ち合った後、登記所へ同道することを約したが、同控訴人は、同日、日比谷パレスに来たものの、登記手続に必要な書類を持参しなかったため、改めて昭和三六年一月一〇日に前記登記所で登記関係の書類と引換えに弁済することを打合わせ、被控訴人は、同日、先と同様に金員の用意をしたうえ同控訴人を待ち受けたが、同控訴人は、出向かず、被控訴人は、昭和四六年一月一九日、一三〇万円を弁済のため供託したこと(弁済供託の事実は、控訴人山内と被控訴人との間では争いがない。)が認められる。

右事実によれば、被控訴人は、控訴人山内に対し、債務の本旨に従った弁済の提供をしたが、受領を拒まれたものとして、そのなした弁済供託は有効と認めるべくこれによって借受金債務及び譲渡担保権は、昭和四六年一月一九日をもって消滅し、被控訴人は、控訴人山内に対する関係では、本件建物の所有権を回復したものということができる。そして控訴人山内が現に本件建物につき共有持分二分の一の登記名義を有していることは当事者間に争いがないから被控訴人の控訴人山内に対する本訴請求は、理由があることとなる。

次に控訴人江口が現に本件建物につき二分の一の共有持分権の登記を有することは、当事者間に争いがないところ、同控訴人は昭和三八年二月、控訴人山内から本件建物を買い受けたと主張するので判断すると、前掲甲第一〇、第一一号証公証人作成部分について当事者間に争いがなく、その余について当審における控訴人江口本人尋問の結果により真正に成立したと認められる丙第一号証、右本人尋問の結果により真正に成立したと認められる丙第二号証、第三、四号証の各一、二、第五から第一二号証まで、右本人尋問の結果によれば、控訴人江口は、昭和三五年一二月ごろ、その所有するアパートの賃借人であった控訴人山内から懇願されて四〇万円を貸し与え、その担保のため本件建物を譲渡担保として取得し、前認定のとおり同月一九日、所有権移転登記を受けたが(登記簿上は、須藤から同控訴人へ直接、所有権移転登記がされている。)、昭和三六年一月、右四〇万円の弁済を受け、同月九日、控訴人山内への所有権移転登記手続をすませて一旦は右の貸借及びこれに伴う担保関係を完全に清算したがその後、控訴人山内から事業に要する資金を貸して貰いたいと言葉巧みに持ちかけられて自分の持家を売却して得た金員を逐次貸し与えた結果、昭和三八年一月一五日までにその貸金総額は、二八〇〇万円となったため、本件建物を一八〇〇万円で譲り受けることとし、その代金は、右貸金債権の一部をもって対当額で相殺して同年二月六日、本件建物の二分の一の共有持分につき所有権の一部移転登記を受けたことが認められる。

ところで、譲渡担保に供された物を譲渡担保権者から譲り受けた者は、その譲受当時その物が譲渡担保に供されていることについて、少なくとも悪意でない場合には有効に権利を取得すると解するのが相当であるから、悪意と認めるべき証拠のない(当審における控訴人江口尋問の結果によれば、同控訴人は当初は本件建物が譲渡担保の目的物となっていることを知っていたが、その後右の担保関係は清算されて本件建物は完全に控訴人山内の所有になったと理解していたことが認められる)控訴人江口は、本件建物の所有権を有効に取得したものということができる。そして、被控訴人は、その後、控訴人山内に対する債務を弁済供託した結果、譲渡担保権を消滅させたとはいうものの、控訴人江口がそれ以前に本件建物の二分の一の共有持分権の移転登記を得ているのであるから、結局、右の限度で対抗できず、控訴人江口に対する本訴請求は、理由がないこととなる。

五、以上の次第で、控訴人山内は、被控訴人に対し、本件建物の二分の一の共有持分権について真正な登記名義の回復を原因とする移転登記手続をする義務があるから、これと結論を同じくする原判決中控訴人山内に関する部分は相当であり、同控訴人の本件控訴は理由がないので棄却し、被控訴人の控訴人江口に対する請求は理由がなく、これと異なる見解のもとに請求を認容した原判決中控訴人江口に関する部分は不当であり、同控訴人の本件控訴は理由があるので、民事訴訟法三八六条の規定により右部分を取り消し、被控訴人の同控訴人に対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 裁判官榎本恭博は職務代行を解かれたため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 吉岡進)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例